1. 女「私たちを相手にしてくれない男子を草食男子と名付けます」
    男「ははっ面白いね。どうぞどうぞご勝手に」
    女「草食男子とか言って自分を正当化するのやめてくれる?」
    男「えっ」
  2. kabayaki:

「マルマルモリモリ」を翻訳したら大変なことになった - ゴールデンタイムズ
  3. ユダヤ人大富豪の教え : akiyan.com

    thinkupstudio-plus:

    周りで読んでいる人が多かったので読んでみました。お金の話と自己啓発のバランスがとれたいい本だと思います。というわけで、より抜きメモ。

    君が提供したサービスの量と質=君が受け取る報酬額

    (中略)給料をもらう人間は働いている時間が退屈なので、その時間が早く過ぎないかだけを考えている。彼らは、「人からもらえるもの」にしか興味がないのだ。だから、金持ちになれない。

    一方、スターと呼ばれる人たちや、事業で成功している人たちは、その仕事を辞めるのが難しいくらい、自分の仕事を愛している。自分のやっていること にワクワクして、今度は何が出来るだろうかと考えている。言ってみれば、与えることばかり考えていると言えるだろう。だから、彼らは、ますます金持ちに なっている。(p33)

    陥りがちな思考が「私ががんばった量=報酬額」で、現実は「誰かに与えた量と質=報酬額」なので不平不満を漏らすことが多い。結果第一というのはそういうことかな。

    「働かずに金持ちになるなんて、何か、ずるくないですか?」
    「現在の世の中は、経済価値や喜びを与えた人間が豊かになるようになっているんだよ」(p50)

    重要な原則。がんばっているとか、たいへんな思いをしているかじゃない。いかに与えたかである。

    自分の嫌いなことを仕事にすると決めた瞬間、本質的には自分に懲役刑を下しているのだ。月曜日から金曜日まで、人生のほと んどをそれに費やすのだからね。いや、囚人のほうが楽かもしれない。刑務所のほうが労働時間は少なく、厳しいノルマもない。納期もないので、夜中までの残 業はしなくていいしね。(p63)

    漫画『刑務所の中』の刑務所暮らしを見ていると、嫌いなことをやり続けるより刑務所のほうがマシかもしれないというのはちょっと思う。ちなみに私は今の仕事は大好きですので念のため。

    嫌いなことをやって仕事をしている人は、憂さ晴らしのためにお金をくだらないものに使う。給料を慰謝料と勘違いするから、そんな使い方をしてしまうのだ。ローンで車や家や家具、洋服なんかを何も考えずに買ってしまう。(p63)

    嫌いなことを仕事にすると、それの憂さ晴らしのため払わなければいけない対価が生まれる。

    好きなことをやる人生 嫌いなことをやる人生 お金がたくさん入る ◎ △ お金にならない ○ ×
    • 好きなことをやってお金になる─これは最高の人生
    • 好きなことをやってお金がない─好きなことをやれているので結構幸せ
    • 嫌いなことをやってお金がある─お金があるけど嫌いなことをやっているので、少し不幸(人により、まあまあと思う人もいるので△)
    • 嫌いなことをやってお金がない─これは最低の人生

    (p66)

    実際は嫌いなことをやってお金がない人生を選ぶ人が多く、そのわけは、人間が習慣の動物だから一度嫌いなことをやって生活するパターンが身につくとそのほうが慣れ親しんだ感じがするからだという。

    人間性を見るためには、その人が直接、利害関係のない他人をどう扱うかを見たらすぐわかる。(p76)

    たしかに。

    人生は、「考えること」と「行動すること」の二つでできている。今まで考えてきたことと、思考の結果行動してきたことの集大成が君だ。健康に気を遣う人は、口に入れるものに注意する。食べるものが体を作ることをよく知っているからだ。だが、人生の健康を望む人間のほとんどが、頭に何を入れるのかさっぱり注意しないのは、不思議でならないね。(p79)

    食べるものが体をつくり、頭にいれるものが人生をつくる。いい例え。

    「何に気をつければスピーチがうまくなるのでしょうか?」

    「自分の考えをともかく紙に書きなさい。そして、自分が何を考えているか、感じているかを紙に吐きだしてしまうように。うまく書こうとか考えずに、アイデアが浮かんだらすぐにそれを書き留めなさい。すると、自分が何を考えているのか良くつかめるようになってくる。
    自分が口を開くときには、真実のみを話しなさい。いい加減なことを口走ってはいけない。本当にその気がないことを言わないことだ。自分の真実を話さなければ、君の言葉のパワーはなくなってしまうからね」(p112)

    見える化と、嘘やあいまいさは伝わるということ。

    偉い人には、あたかも彼が偉くないかのように接しなさい。そして、偉くない人には、あたかもその人が偉い人のように接しなさい。そうすると、そのどちらからも君は驚きの目で見られるだろう。

    彼らは、そんな扱いを受けたことがないからだ。そして、どちらもが君に感謝し、好意を持つだろう。偉い人は、本当は普通に接してもらいたいものなのだ。そして、偉くない人は、偉い人のように扱ってもらいたいものだから。(p122)

    「頭を下げる意味があるのは、立場が上のときだけ」なのと似てる。

    ある程度の収入ができるまでは、支出は収入の三分の一くらいにするべきなんだ。収入が増えても、支出はそのままにしなければ、次のステップに行けない。(p134)

    さ、三分の一ですか。

    貧乏人の口癖は、「普段頑張っているご褒美に買っちゃおう!」。一方、金持ちの口癖は、「今の私には必要ないな。またにしておこう」(p136)

    自分がお金を使うときには、そのお金で何を得ようとしているのか、よく見極めることだよ。(p137)

    これは徹底しようと思った

    大切なのは、そのプレゼントの渡し方だ。気持ちよく受け取れるような、感情面の言い訳を用意してあげることだ。そして、相手に負担にならないようなものにするなどの心配りが必要だ。(p138)

    プレゼントは喜んでもらうためにするものであって、負担にさせちゃあ意味がない。見返りを求めるプレゼントはナンセンス。

    なぜ、目標達成に失敗するのか

    • すべきことを目標にしている
    • 目標を達成するモチベーションがない
    • 具体的なステップがない
    • 期限がない

    (p168)

    パフォーマンス・マネジメントですね。この本もオススメです。

    ある心理学者によると、人生で最大の恐怖は、死の恐怖よりも、成功する事への恐れだという。私は、自分の体験からいって、それは正しいと思っている。普通の人は、失敗のほうを恐れていると思うだろう。しかし、それは成功への恐れに比べれば、大した恐怖ではないのだ。

    失敗は辛い体験だが、我慢して頑張っていれば乗り切れるものだ。成功は、いってみれば、膨大なエネルギーを全身で受け止めるということなのだよ。(中略)真に成功するということは、あらゆる変化を受け止めるということだ。

    変化はふつう痛みをともなう。友人がいなくなったり、現在のパートナーとの別れ、上司や同僚との別れ、今までの自分とも別れなくてはいけないかもしれない。そんな訳のわからない目に遭うよりも、豊かでもないが幸せな現状を望みたくなるのだよ。

    本当の成功とは、完全に人生に身をゆだねることなのだよ。それをできる人間は少ない。(p224)

    成功が人生にもたらす関門の一つ。失敗よりも成功のほうが恐れている。言われてみればたしかに。

    (deli-hell-meから)

  4. 以前、小学校に入った年の子供がいきなり「もうこれから何もいいことが起こらないような気がする」と泣き出したのを聞いて、ぎょっとしたことがある。

    クリスマスとお正月が過ぎ、三学期が始まったばかりの頃だった。楽しいことが終わって寂しくなったのか、学校で何かいやなことがあったのかと思ったのだが、その子はつぎの日高熱を出した。インフルエンザを発症したのだ。

    大人であれば、風邪の引き初めの「何かだるいような感じ」「なんとなく普通ではない感じ」と表現したのだろうが、その「感じ」を六歳の子は、「これから何もいいことが起こらない感じ」と表現した。つまり彼にとっての〈世界〉は、未だ身体と心が別物ではない、風邪に罹った身体の不調は、未来への不安として知覚されたのだ。

    わたしたちは「言葉」を介して世界とふれあっている。わたしたちが目で見ているのは、「ものそのもの」ではなく「言葉」であり、「音そのもの」ではなく「言葉」であり、感覚といわれるものですら「暖かさ」「静けさ」「穏やかさ」という言葉を感じているのだ。だが、もしかしたら「痛み」「不快」「不調」「不安」という言葉での分節を知る以前の赤ちゃんにとっては、何もかもが同じことなのかもしれない。

    わたしは以前から眠くなった赤ん坊や幼児が泣くのが不思議でならなかった。眠たければ寝ればいいのに、何をいったいぐずぐず言っているのだ、と、眠くてぐずぐず言う弟を見て腹を立てたものだった。だが、彼にとっては、「痛い」のも「眠い」のも、あるいは母がそばにいなくて「不安」なのも、全部同じものとして感じられているのかもしれない。眠くてぐずぐず言うのを、母が抱き取って「よしよし、眠いんだね、ねんねんよ」ということで、「眠い」という分節を知り、転んで泣き叫ぶのを「よしよし、痛かったんだね、お薬をつけようね」と言いきかせて「痛い」という分節を知る。「言葉」を使うこととふるまうことが一緒に示されることで、赤ん坊は言葉の世界に入っていく。そうして言葉の使い方をある程度は知っている六歳の子は、その不安=不調を言葉でそう表現したのだ。

    言葉の世界の住人であるわたしたちは、もはや言葉によって分節されなかった世界がどんなものか、想像すらできない。「わたしの身体」「わたしの手」「わたしの足の指」などというように、そんな「身体」を所有している「わたし」が身体とは別にどこかに存在しているかのような気持ちでいる。

    けれど、疲れているときのものの見方は疲れていないときとはちがうし、アグレッシブな音楽を聴いていると、自然と気持ちは高揚する。気持ちに対しては嘘はつけても、身体をだますことはできない。風邪を引いたりしたときは、おそらく身体が真っ先に気づくのだ。けれど、言葉で身体と意識を隔ててしまっていると、言葉を使わない身体の声は聞こえない。身体の声を聞く回路というのは、おそらく大人になってしまえば、意識的に作り上げていかなければならないものなのだろう。

  5. konishiroku:


【画像あり】世界の珍しい植物を紹介する:キニ速  気になる速報
盆栽ヒノキの寄せ植え
盆栽は鉢の中に自然の風景を落とし込むとは聞いていたけどこれはびっくりした たぶんいいところ樹高60センチほど、こういう種類のヒノキがあるのではなくて こういう風になるように育ててる かなり特殊が技能が必要とされるので敷居は高いけどぜひ挑戦してみたい

    konishiroku:

    【画像あり】世界の珍しい植物を紹介する:キニ速  気になる速報

    盆栽ヒノキの寄せ植え

    盆栽は鉢の中に自然の風景を落とし込むとは聞いていたけどこれはびっくりした
    たぶんいいところ樹高60センチほど、こういう種類のヒノキがあるのではなくて
    こういう風になるように育ててる
    かなり特殊が技能が必要とされるので敷居は高いけどぜひ挑戦してみたい

    (misokaから)

  6. 八木 僕がもらっていちばんうれしいものって何だかわかります?
    ── んー‥‥。
    八木 マクドナルドとか、ケンタッキー。
    ── ‥‥それは、売ってないから?
    八木 そう、買って帰ってくるのに2時間かかる。アワビなんて30秒で手に入る。
    ── 価値観の次元が、ぜんぜんちがう‥‥。
    八木 ものすごい強烈な「資源」だと思うんです。
    ── お聞きしていると「コンテンツ」ですよね。
    八木 それなのに「岩手はダメだ、貧乏だ」とか言ってるわけです。
  7. 成績上位の生徒のでは、食事中にバラエティ番組をみない。これは半年に一回の面談で必ず親に確認してるから間違いない。この時間にちゃんと会話をしている。テレビ批判かというとそういうわけじゃなく、「コミュニケーションを大事にしてる」ってことだ。ただ構えばコミュニケーションになるわけじゃない。重要なのはタイミングとメッセージだ。

    良い母親は子供の邪魔をしないことを前提に考えている、子供を優先して考えている。だから、子どもの前で家族の会話よりバラエティ番組を優先するようなアホなことはしない。

    そもそも自分が一日中のんきにバラエティ番組とかワイドショーとか見ながら子供に「勉強しろ」とか真顔で言える神経を疑う。こういうダブスタを子どもに見せるのは厳禁である。大人同士ならお互いの事情を考慮してスルーしたりできるが、子供はスルーできない。こういう「うそつき」母親からは子供は必ず離れていく。
  8. 最近の学生が「自分の田舎に帰ってデザインの力でふる里を変えたい」と、ものすごい確率でそう言う。ちょっと恐ろしい。

    メディアの影響を受け過ぎだし、そもそも、田舎にそういう刺激や、第一、仕事はそんなにないし、デザイン料なんて、ないでしょ?? それらがわかっていればよいのですが・・・・。

    ある尊敬するデザイナーがその様子をこう言っていた。「東京の解決すべき問題から、逃げている」と。時代や、デザインの考え方としてのトレンド(!?)もあり、やっと「デザインとはデザイナーのお遊びじゃなくて、社会の問題を解決する大切な行為」ということが、広がってきていることは、いいことじゃないかなとは思う。

    実際、どんな田舎町にいても、最近は、A 昔からそういう高い意識で地元と戦っていたデザイナー。B 最近、ふる里に帰ってきて、東京などの修行した経験を生かして、地元をデザインで活性化しようとしているデザイナー。C 僕のように、全国をひとつの視点で見て、AやBのような人が動きやすい生態系を考えるデザインプロデューサー。D そういう動きに触発された地元のデザイナー。E そういう動きに触発された地元のデザイン学生。そして、F そういう動きに触発されて故郷に帰るデザイナー、デザイン学生。


    ん、こういう環境の中、地方企業の若社長や、市や県の人も若返り、そうしたことに補助金も設定され、観光もデザインされていく・・・・・。

    プチ東京っぽいことが起こりだす。そして、ある都市のようにクリエイションをあきらめてしまう都市もあらわれる。いろいろ経験して「やっぱり、デザインは東京だよな」みたいなことで落ち着く場所も出て来る。


    そういう事柄を全体的に理解した上で、どれだけの人が「田舎に帰ってデザインで活性化したい」と言っているかですね。

    そう簡単なことではありませんよね。

  9. (出典: deguzzizokerから)

  10. (出典: whereisthecooolzokerから)

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