1. petapeta:

    image

    (shinodddddから)

  2. ウィトゲンシュタインは、哲学のむずかしさを「何かを断念する困難さ」だと言っている。彼のことばでいえば、「哲学は、涙をこらえたり、怒りをこらえたりするのと同じくらい」むずかしい。

    読書猿Classic 哲学は涙をこらえるのと同じくらい難しい:デカルト『方法序説』 (via ginzuna) (via sakurasakuras) (via nemoi)

    それからデカルトがもとめたのは「すべての知識に関してそれを覚えておこうとするとき、なんら記憶の必要がない」やり方だった。まったくのゼロに立ち戻りそこから始めること。つまりは過去と伝統から手を切ること。

    (via nobabaclip)

    (via nemoi)

  3. 人はなぜ懐かしいものに遭遇すると涙がでるのか - 教えて!goo

    nemoi:

    thinkupstudio:

    こんにちは。
    「郷愁」という情動の発生に対して多くのひとが同じ反応を示すのは、それは「喪失感」だと思います。
    心理学では古くから情動の分類が行なわれてきましたが、「郷愁」というものに関しては、何故かあまり具体的には語られていません。ですから、飽くまでこれは知見の引用ではなく、現象の分析による個人的な見解ということでご容赦下さい。

    ここで流す涙は「情動性分泌」に当たり、大脳辺縁系に発生した「情動反応」が自律神経系に出力されることによる「情動性自律反応」です。
    大脳辺縁系といいますのは感覚器官から得られる知覚情報を基に情動反応を発生させる中枢です。これにより、我々は与えられた環境の変化に対応した「適切な感情」を発生させています。そして、ここでその情動反応の規準として用いられているのは「情動記憶」という学習記憶です。ですから、何に対してどのような情動を発生させるかは生後体験によって決められたものですので、それは個人個人でみんな違います。つまり、ウルトラマンに涙するか、ドラえもんに涙するかはひとそれぞれなんですね。
    では、何が「郷愁」という情動を発生させているかは個人個人で異なるのに、どうしてみんな同じ反応として現れるのでしょうか。残念ながら、この辺りにこれといった学術的見解が見付からないんですね。ならば、その反応を発生させている対象以外に、そこには何か別の共通点があるはずです。そして、誰にとっても同様の共通点といいますのは、
    「それが遠い過去の体験である」
    ということですね。
    そして、現在も体験中であったり、何時でも手に入るものであるならばそのような反応は発生しません。従いまして、郷愁として我々の情動を動かしているのは「喪失感」ということになります。もどかしいばかりですね。

    大脳辺縁系の情動反応といいますのは学習記憶を基に発生するものです。ですから、同じ体験、同じ刺激入力がありますならば、過去と同じ情動が発生します。ですが、質問者さんが子供の頃にウルトラマンを見ていたとき、そこに発生していたのは郷愁ではなく、喜びや感動であったはずです。従いまして、長く時を隔てて発生したそれは、当時と同じ反応の再現ではないということになります。
    もちろん瞬間的には、ウルトラマンの姿やテーマ・ソングは当時と同じ「報酬刺激」として入力されます。ですが次の段階では、ここに「感受性の喪失」という感慨が伴うことになります。
    誠に残念ながら、我々は年齢と共に必ず感受性を失ってゆきます。「感受性の喪失」といいますのは、情動行動に対する計画行動(理性行動)の比率が高くなるために感情が表に現れなくなるということです。子供の頃は誰でも情動行動の比率が高く、感情の起伏というのは大きいのですが、やがて成長に従い、大脳皮質の発達と体験学習の積み重ねにより、計画行動の比率がどんどん高くなってゆきます。そして、これは誰もが体験することであり、決して後戻りはできません。
    情動記憶といいますのは学習記憶ですから、例えば「懐メロ」のように、まだ感受性の高い若かりし時代に聴いた曲でありますならば、それはより強い情動反応として記憶され、再生されるはずです。ですが、ただひとつ違うところは、いまの自分には、当時と同じ感受性の豊かさそのものを見出すことができないということです。

    このように、郷愁という情動の発生において多くのひとに共通する要素とは「喪失感」であると思います。そして、この喪失感といいますのは大脳皮質の論理的な思考によって判定されているものではなく、大脳辺縁系の反応規準として獲得されているものです。つまり、我々は自らの成長の過程で過去の再現という状況を繰り返し学習することによって、それを反応規準として身に付けているわけですね。これは大脳辺縁系の無意識記憶ですから、「取り戻すことができない」といった具体的な意識が大脳皮質に発生しなくとも、自律神経系は活性化され、涙の情動性分泌は起こります。これが、質問者さんがウルトラマンを見た瞬間に涙の止まらなくなった理由だと思います。

    では、失ってしまったもの、欲求の実現が阻止されているものに対し、どうして「怒り」や「憤り」といった情動が発生せずに、必ず「喪失感」という諦めが選択されるのでしょうか。それは、問題解決の手段が見出せないからです。
    我々の脳は、大脳辺縁系に発生した「不快情動」に対して問題解決が成されない場合は「諦める」という結果を選択することができます。これは、大脳辺縁系に発生した情動信号を受け取る「中脳中心灰白質」の反応によって切り替えられると考えられています。問題解決の機会が残されているならば、そこには期待や幸福感、あるいは攻撃行動といった能動的な状態が維持されるはずです。ですが、失った過去を取り戻すことは絶対にできません。
    田舎の風景に郷愁を感じるならば、一度故郷へ戻って両親や友達の顔を見れば良いわけですが、それが問題解決にならないというのは、その頃の自分に戻ることはどうしてもできないからです。全く以って、もどかしいばかりですね。

  4. 私はたぶんできるだけ何もしないで人生をやり過ごしたいのだよね。で、その「何もしない」のに一番近いのが「本を読むこと」なんだよな。
  5. みんな「情報が増えた」と騒いでるけど、それはずっと昔から続いていることだ。
    グーテンベルクが活版印刷を発明した時も、出版が容易になって世間に本があふれる結果となった。
    出版の場合、本が売れないリスクを出版側が負わなければならないため、編集者に情報をフィルタリングさせる(つまり売れる本だけを選んで出版する)という仕組みが生まれた。
    しかしネットの時代になり、ごく僅かなコストで誰もが情報発信できるようになると、フィルタリングの責任は読み手側に移ることとなった。つまり情報を取捨選択するという行為自体はずっと昔からあったことで、変わったのはフィルタリングの仕組みなのだ。
  6. 天文画像の撮影には雲の有無や温度、空の明るさ、水蒸気、風速や大気乱流が影響するとのことで、研究者らは衛星や地上で観測されたデータ、また気候モデルなど様々な情報を収集・分析したという。その結果撮影条件が一番整っているのは南極高原の「Ridge A (尾根 A)」としか名前がつけられていない場所の、高度 4053 m の場所であることが分かったそうだ。
  7. おしゃべりな人はしゃべればいいのです。書きたい人は書き、描きたい人も描けばいいのです。しゃべってしゃべってしゃべりぬいて、恥をかいたり後悔したりして、ついに、いくらしゃべってもどうなるものではない、と知れば無口になるにきまっています。

    しゃべりたいのを我慢して、いくら機会をねらったとて、「珠玉のような一言」なんて吐かれるものではないのです。

    白州正子 (via tsupo)
    2008-01-19 (via gkojay) (via jacony, riko) (via nemoi)
  8. 良いデザインは集団で生起する。 15世紀のフィレンツェには、 ブルネレスキ、ギベルティ、ドナテルロ、マザッチョ、フィリッポ・リッピ、 フラ・アンジェリコ、ヴェロッキオ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてミケランジェロがいた。 その当時、ミラノはフィレンツェとほぼ同規模の都市だった。 あなたは何人のミラノ出身のアーティストを挙げることができるだろうか。

    15世紀、フィレンツェには何かが起こっていたのだ。 それは現在に続いてはいないから、血統のせいではないと言える。 レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに何らかの生まれながらの能力が備わっていたとしても、 ミラノにも同様の能力を持った人はいたはずだ。ではミラノのレオナルドには何が起こったのだろう。

    現在、アメリカ合衆国には15世紀のフィレンツェの人口の約1000倍の人々が住んでいる。 1000人のレオナルド、1000人のミケランジェロが我々の中にいるはずだ。 DNAが全てを支配するなら、こんにち我々は毎日のように素晴らしい芸術に驚嘆している はずではないか。現実はそうではない。レオナルドがレオナルドになるには、 生まれながらの能力以上の何かが必要なのだ。1450年のフィレンツェが必要なのだ。

    関連した問題を解こうとしている才能ある人々のコミュニティほどパワフルなものはない。 それに比較すれば遺伝子の影響なんて小さなものだ。 遺伝子的にレオナルドであるだけでは、フィレンツェではなくミラノに生まれてしまった 不利を打ち消すことはできない。 現代では人々の移動は激しいが、良い仕事は依然としてごく少数の「ホットスポット」から 集中して出てくる。バウハウス、マンハッタンプロジェクト、「ニューヨーカー」、 ロッキードのスカンクワークス、そしてゼロックスのParc。

    どんな時代にも、少数のホットなトピックがあり、それに向けて多くの仕事をなす少数の集団がいる。 それらの中心から遠く離れてしまっていては、良い仕事をするのはほとんど不可能だ。 このような流れを押しよせたり引き寄せたりすることはある程度できるが、 完全に逃れることは出来ない。 (いや、あなたなら出来るかもしれないけどね。でもミラノのレオナルドには出来なかった)。

  9. 柳 宗理(やなぎ そうり)さんという日本における工業デザインのパイオニアに取材をしたことがあります。とにかく絵(図面など)を描かないというんですね。私自身は、図面やパースを描いたり、レンダリング、ドローイングをしたりしながらデザインを進めるという教育を受けているので、柳さんに「図面を描かないんだ」といわれても、その意味がさっぱりわからないんですよね。「じゃあ、どうやって、ものを作るんですか?」と聞いたら、「作るんだ、君」というだけだったので、理解できなかったんです。
    そしたらスタッフの人が見かねて声をかけてくれまして、図面を引く前に発泡スチロールをカッターで削って、いきなり鍋をつくるところを見せてくれたんですね。そのようなことは、手作りの木工作家さんだったら普通のことです。もちろん、図面を引いてからつくる木工作家もいますけど。あと、たとえば陶芸家が粘土を指先でひきながら形を見出していくことも同様です。作りながらリアルタイムにフィードバックをかけていって、その繰り返しの中で形にしていくわけです。そのような1点ものであれば、図面などを描かないのは理解できます。それを工業製品のジャンルで柳さんがやっているということが信じられなくて、非常に驚きました。
    それで、柳さんが「最初に思い描いたものが、その通りになるなんてことは嘘だ」と言い始めたんです。「やっていくうちに変わるもんだ」というんです。話としては理解できるので、同意しながら、さらに聞いていきました。
    移動体(電車、クルマなど)のデザインで有名なアメリカの学校があるのですが、柳さんが、そこでの講演について話してくれました。アメリカのそうしたカーデザインの学校においては、マーカーを使って流線型を描いて、デザインモチーフは卵です、といったことをやるんです。シド・ミードが描くスケッチ画の雰囲気といいましょうか、未来感、躍動感があるイメージです。柳さんが、そこでの講演に招かれた際に、その学校でやっていることを見せられているうちに、段々、ムカムカしてきたそうなんです。これはプレゼンテーションのためのデザインであって、モチーフが卵とかいうのは、クルマを使う人にとっては何の関係もない、と感じたそうです。そうした怒りがピークに達したときに講演の壇上に上ったようで、その怒りをそのまま聴講者に向かってぶつけたんですね。そうしたら会場はシーンと静まり返り、話が終わって壇上から降りても拍手ひとつ起きなかったそうです。
    柳さんは部屋に帰り、ちょっと言い過ぎたかなと反省していたそうなんですが、そこにコンコンとドアを叩く音がして、ヨーロッパのバウハウス系の、つまり、工房で試行錯誤しながらデザインワークをするという伝統のなかにいる先生方が、「先ほどの講演で、溜飲がさがりました」と次々に握手を求めてきたそうです。その後、柳さんは欧州の造形関係の学校で教鞭をとることになったといってました。そうしたエピソードを楽しく聞かせていただきました。
  10. 「~的」は、romantic とか authentic とかの tic の音訳として、明治に作られた言葉

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